E-ve’s blog

ベネディクト・缶バーバッヂ

笠岡の地で 第三章

 

 

 

 

 

 

 

ノブは久々の地元で昔が懐かしくなり車で一人、母校であり大悟と出会った地でもある岡山県立笠岡商業高等学校、通称「笠商」に向かっていた。ここはノブにとっても、早川信行にとっても特別思い入れのある場所だ。

 

車中で若手芸人のラジオが流れふと大悟の事を思い出した。

 

 

入学式の日、信行の同級生たちは「島から鬼が来る」とやあやあ騒いでいた。

 

式が始まり校長の挨拶の途中、体育館の扉が何者かに開けられ、そこから「すいません遅れました!」と息を切らしながら謝罪する男の声が聞こえた。彼も高校生のようだ。驚いた信行が声の方に目をやると

 

髪の切れ端がバサバサとひっついた顔で、短ランのように布地の半身分がばっさり切られたブレザーを身につけた青年がそこには立っていた。

 

 

信行は青年の姿を見て思った、「ホンマの鬼が来た!」と。そう、この青年こそが同級生達の言う"島の鬼"であり後に千鳥のボケ担当 大悟となる男、山本大悟だ。

 

後に本人が語った所によると大悟は北木島から本土に到着してすぐに付近の美容室へ向かい店主に「おっちゃん、今日は入学式やから、男はやっぱり角刈りじゃろう?"カド"を作ってくれ」と角刈りカットをオーダー。

 

「入学式は何時からだ?」と店主が聞くと9時からだと大悟は答えた。その答えに店主は「お前…もう9時半を回っとるぞ?」と驚いていた。慌てて大悟は片側だけ"カド"の出来た頭で店を後にし大急ぎで高校に向かったのだ。信行にはその"カド"が鬼のツノに見えたという。

 

 

学校生活が始まって最初の数月、信行は大悟の第一印象が悪くじんわり彼を避けていた。対する大悟も信行にそこまで関心を寄せていなかったがそんなある日、ソフトボールの授業中打席でバットを振り回しふざけてみせる大悟に信行は「お前ドミニカ出身か!」と、そうツッコんだ。

その時から 大悟は信行に対し非常に興味を持った。

この事をきっかけに、彼らが親友となったのは言うまでもない。

 

「あの頃のワシらって、何やってても何でも楽しかったよな…」。そんな風に高校時代を回想するノブ。

 

そんな事を考えているうち、笠商に到着した。

 

 

一方の大悟は、海にほど近い自販機横のベンチで一服していた。タバコを吸う時は何も考えてない時もあれば色んな考えが頭を巡る時もある。今回は、いや最近はずっと後者だ。最初は今後の仕事について頭を回していたが、いつの間にかノブの事ばかりになっていた…

 

高校卒業後、信行が大手企業シャープに入社し営業職をしていた頃、大悟は単身大阪に乗り込みピン芸人として活動をしていた。

 

その1年後大悟はひょっこり信行の前に現れ「おいノブ!わし大阪で、一人で売れたわ!」と嬉々として一枚の新聞記事を信行に見せた。記事には「大阪の超新星ピン芸人大悟!」とでかでかと書かれてあった。信行はそれに驚き「すごいな!」と目を輝かせ大悟に言う。続けて大悟は「わしに乗っかりゃあ もうすぐ売れるど!」と信行に一言。コンビの誘いである。

 

新聞に乗るほどの有名人になった大悟とコンビを組み華やかな世界に足を踏み入れるか、今後もシャープで働き安定はあるが刺激の無い生活を送り続けるか、このふたつを天秤にかけた結果、信行は「わかった」とコンビ結成を快諾し後日シャープには辞表を提出。受理された。

しかし信行の父との交渉は決裂。半ば駆け落ち状態で二人は難波には漫才の殿堂 グランド花月をかまえる笑いと商売の街 大阪に着いた。しかしそこで信行は驚く。あの、大阪で人気者のはずの大悟の顔を指す人が一人もいないじゃないか。

 

大悟にノブは聞いた「おい大悟、あの新聞は何やったんや?」。大悟は何か覚悟を決めるような表情で黙りこくると「すまんノブ、ありゃワシが作った偽モンの新聞やったんじゃ」と打ち明けた。

 

普通の人間ならおおよそ大悟を叱責、絶交しただろう。しかし信行は彼から感じられた漫才、笑いへの熱い思い、何より大悟の漫才には自分が必要なのかもしれないという使命感に駆られ「千鳥」を結成。この時から信行は「ノブ」と、大悟は名字を抜いて「大悟」と名乗った。

 

そしてデビューから僅か3年後、島田紳助が起こしたお笑い賞レースM-1グランプリの決勝へ。その後同大会には実に4度の進出、人気と知名度を得た二人はトミーズが進行を務める関西ローカルの情報番組「せやねん」にもレギュラー出演、その後東京へ進出、しばらく不遇の年月があったものの今やキー局全てで冠番組を持つ国民的スターとなった。

 

「そんな千鳥を今、たかだか1度の喧嘩から生まれた蟠りのせいでやれてない言うんは世話なった人に説明つかんよな…」。何度考えても辿り着くのは世話になった人々に対する罪悪感と今のままでは自分はダメだという事だけだった。そして何よりこのままノブを失うことを恐れた。

 

「もうあいつ無しではやってけん人生になっとる」

 

煙と共に出た言葉は波の音で掻き消され、自分の耳にもろくに聞こえなかった。

 

 

 

 

タバコをくしゃりと灰皿に押し当て潰すと 火は消えた。