E-ve’s blog

ベネディクト・缶バーバッヂ

「変身」 読了!

 

※この記事は上記作品のネタバレを含む内容となります。今現在読んでいる方ネタバレに遭いたくない方には直ちに記事を閉じることをお勧めします。

 

 

 

 

 

先程東野圭吾が描くサスペンス小説である「変身」を読み終えました。これまでの人生において、ろくに読書をしたことなかった私にはとんでもない刺激があり、現在も読後感に脳を支配されています。

 

軽いあらすじ

主人公は成瀬純一。絵が趣味の気弱で心優しい青年。不遇にも強盗事件に巻き込まれ主に頭部に致命的損傷を受けるが脳神経外科学の権威 堂元教授による世界初の成人脳移植手術により一命を取り留める。しかし彼の性格は徐々に日をかけて変貌を遂げてゆき…。

 

と言ったものですね。

 

 

終盤30〜50頁(性格ではないけど)の怒涛の展開には驚かされるばかりでした…。

 

感想に映ります。

 

まず一つ特記すべきが純一が「変身」していく過程の心理描写の細さ詳密さ。

純一は最終盤にはほぼ完全にドナーの京極に脳を支配され、変身の中で育まれていたその凶暴性は常軌を逸し、恋人を「女」呼ばわりしてぞんざいに扱うようになるのですが、それが本当に恐ろしい。これはただ純一が狂った行為に出たからなどという簡単な感情ではなくて、純一の本来の姿を知っているからこそのものなんですよね。こんな事をする人間じゃない。という事は移植された脳に支配されつつあるんだ。そう暗に理解するに至るから非常に恐怖を感じます。これは純一の抱いていた感情と同じなんですよね。純一だって変身の観測者の一人なのだから。特に最終盤で橘女史を殺害してしまう場面に私は、純一の殺人を嘆く気持ち、いかれた行動を恐れる気持ち、純一の愛していた橘に裏切られた悲痛な気持ち・怒りへの共感、と複雑な思いが募りました。

 

次に「恵」についてです

 

先述した純一の恋人が恵です。、序盤中盤には脳、心が京極に侵食されていく中で純一の彼女への思いは薄れ、以前の穏やかで優しかった態度も冷たくなります。彼が自分が思い慕ったあの純一なのか、はたまた別人なのか、どちらでもないのか、変化が確かという事しかわからないがそれでも恵は怯えを感じながらも純一を変わらず愛し彼の変化を煩慮、憂愁します。その姿がとても切なくて胸が痛みます。最終盤、変わり果てた純一の殺人行為とその狂気を知る、自身も手をかけられそうになる、そして最後は元の人格を取り戻した純一の自殺という─恵に救いは無いんですか…─と思ってしまう苦しく衝撃的な展開で鬱々としましたが、恵がいたから純一は完全な京極化を免れ自我を取り戻せた、救われたという点は、彼女にとって救いになったのかな…と信じたいばかりです。

 

最後に「意識」「自我」「死」について

 

恵が「もし、脳を全部取り換えたらどうなるの?それでもやっぱりジュンなの?」と日記に記したように、「意識」というものが何たるかを考えさせられました。最終盤の純一は明らかに序盤の純一ではなく、しかし体は完全に純一で、脳だって半分ほどは純一なのです。でもやはりそれを純一と思うには無理がありました。恋人への思いは薄れ他の人物を慕うようになったこと、得意の絵が上手く行かず代わりに音楽に強く関心を持ったこと、京極の妹と接見した際に感じた脳波の同調、気弱な性格から変化した驕り高ぶった態度、暴力を伴う猟奇性。これだけの変化を持っても半分は純一だからと決着はつけられません。なんと言ってももう半分の京極も確かに生きているのだから。京極に純一の一部として「自我」を有するを許可するなら、それは完全な純一とは言えないと思う次第です。ではその一方で純一は死んでいたのでしょうか。それは違います。京極の亡霊に支配されながらも意識下にしっかりと純一は生きていました。しかしラストで純一は拳銃自殺未遂を遂げ「無意識の世界」で生きることを決めました。無意識は仮死とも言うように最も死に近い状態です。しかしそれは死ではないのです。では何を持って「死」とするのでしょう……。

 

そんな深いところにまで考えを向けられる恐ろしくも美しく、強い読後感をもたらす作品でした。

 

 

 

 

要は今宵の月ってことだろ?これでも食って静かにしてろ

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